松を食べると病気が治る

松を食べると病気が治る

日月神示に「松食せよ」「松心となれ」とある。
松は味が苦いですが、栄養が豊富で病気も治る。

地球で土が初めにできたときに、生えた植物が松らしい。
その松からさまざまな生命が生まれてきた。
松は何億年も生き延びてきた尊い植物。
松を大切にしなければならない。

松のように、いつも美しい緑を輝かせる心を 持つ人や国になることが大切。

2011年の東日本大震災で、岩手県の津波の被害から生き残った「奇跡の一本松」が日本中で注目されました。
生き残った木の種類が松だったのを見て、昔から日本は松の国なのだなと感じました。

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今は、徳島県産の松葉パウダーを食べています。
家族で食べているので、お得な250gx4袋を購入しています
シェイカーで水とパウダーを混ぜて、味わわずにゴクッと飲んでいます。
オブラートで包んだり、青汁などと混ぜてもいい。

私の親戚のおばさんが軽い認知症なので、松を勧めてみます。病気が回復すれば、ブログに書きます。

 

 

日月神示

松の巻 第16帖

火と水と組み組みて地(くに)が出来たのであるぞ
地(つち)の饅頭の上に初めに生(は)えたのが
マツであったぞ。マツはもとの「キ」だぞ

松植えよ、松供えよ、松ひもろぎとせよ
松(まつ)玉串とせよ、松おせ(食せ)よ
何時も変わらぬ「松心」となって下されよ
松から色々な物生み出されたのぞ
松の国と申してあろうが

 

雨の巻 第14帖

松食(お)せよ
松食せば分からん病直るのじゃぞ

松心となれよ
何時も変わらん松の翠(みどり)の松心
松の御国の御民幸あれ

 

あらゆるものを大切にし、豊かに暮らす

人が収入を増やす手段は、仕事を頑張る、資格を取って転職、節約、投資などがあります。

しかし、これらを頑張っても、生活が苦しい人は多い。

日本の年収階層分布図

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年収300万円以下の割合は、男女で40.9%(平成25年)も
存在する。日本の貧困が問題となっています。
現代は貧しいと、結婚して子供を作ることが難しい。

 

子どもの貧困 日本の不公平を考える (岩波新書) [ 阿部彩 ]

 

 

豊かになるために、多くの人が実行できる方法は、一言でいうと

目に見えるものでも見えないものでも、あらゆるものを大切にする。

 

日月神示

黄金の巻 第22帖

神まつれ 祖先まつれ 子孫まつれ
心まつれ 言葉まつれ 行まつれ 食物まつれ
着るものまつれ 住居まつれ 土地まつれ

感謝感謝で喜び来るぞ
奇蹟では改心出来んのである

冬の巻 補帖

衣類も家も土地も、みな神から頂いたので無いぞ
預けられているのであるぞ
人民に与えられているものは食物だけじゃ
日の恵み、月の恵み、地の恵みだけじゃぞ

 

 

「まつる」とは、「調和する」や「まつらう(従う、服従する)」のことです。

神様に祈る。ご先祖様のお墓参りに行く。
親孝行する。
家を大切にして掃除・整理整頓する。
いい言葉を話し、悪口や汚い言葉を使わない。

これは昔から日本で良いこととされてきた、毎日の生活の基本的な習慣です。

しかし、貧しい人ほど実行する人は少ないです。
毎日実行してもすぐに効果は出ませんが、1年ほど気長に待つことです。少しずつ収入が上がることを実感できるようになります。


仕事が忙しくなる、臨時収入が入る、希望の仕事に就く、理想の結婚相手と出会う、自分の売りたい土地が売れるなど、自分の希望していたことが、実現しやすくなります。


魂が清くなり、
お金も富む「清富」になるのが、人の正しい道。


ひふみ神示〔新版〕 (Ten books) [ 岡本天明 ]

 

 

日月神示

黒鉄の巻 第36帖

神と金と二つに仕える事は出来ん
そのどちらかに仕えねばならんと
今までは説かしていたのであるが
それは段階の低い信仰であるぞ
影しか分からんから
時節が来て居らんから
そう説かしていたのであるが
この度、時節到来したので
マコトの道理説いて聞かすのじゃ

神と金と共に仕えまつるとは
肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ
嬉し嬉しとはそのことであるぞ
神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな
その次には霊の霊とも共に仕えまつれよ
まつれるのであるぞ
これが、まことの正しき理(みち)であるぞ

今までの信仰はどこかに寂しさ
もの足り無さがあったであろうが
片親がなかったからぞ
天に仕えるか、地に仕えるかであったからぞ
この道はアメツチの道だと知らせてあろうが

清くして富むのがまことじゃ
地も富まねばならんのじゃと申してあろうが
これから先は金儲けばかりも出来ん
今までの様な、神信心ばかりも出来ん

神の理(みち)を進む者は嫌でも金が貯まるのじゃ
金が貯まらねば深く省みよ
理(みち)に外れて御座るぞ
人は罪の子でない喜びの子ぞ

 

月光の巻 第23帖 

金が好きなら金を拝んでも良いのじゃ
区別と順序さえ心得て居れば 何様を拝んでもよいぞ
金を拝めば金が流れて来るぞ
金を拝み得ぬイコヂ(意固地)さが そなたを
乏しくしたのじゃ

赤貧は自慢にならん 無神論も自慢にならん
清貧は負け惜しみ

清富になれよと申してあろうが
清富こそ弥栄えの道、神の道
大ひつき大神のマコトの大道ぞ

 

手のマッサージ 痛気持ちいいところを押す

手のマッサージ 痛気持ちいいところを押す

手のひらや手の甲や指を押してみて、痛気持ちいいところを押す。
すると気持ちがスッキリしてきます。

痛いところを毎日押すことで、痛みが和らいできます。

手のひらや手の甲に慣れてきたら、腕や足なども痛気持ちいいところをマッサージするといいです。

手のマッサージのいい点は、両手が空いているときに、いつでも手軽にできることです。テレビやパソコンを見たり、音楽を聴いたり、歩くとき、お風呂で湯船に浸かっているときなど。

手のひらには、人体の全部が集約されている。
手相で運勢を見られるし、癒しのエネルギーを出す人もいる。
手のひらは、すごい器官です。

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日月神示

極めの巻 第8帖
元は5で固めたのじゃ
天のあり方、天の父は「5」であるぞ
それを中心として、ものが栄え行く仕組
それを人民は自分の頭で引き下げて4と見たから
行き詰まって世界の難渋(なんぢゅう)であるぞ
手や足は何故に「5本」であるか
誰にも分かるまいがな

第9帖
天の「5」を地に移すと地の五則となるのじゃ
天の大神は指を折って
数(かぞ)え給うたのであるぞ。
天の大神の指も五本であるから
それを五度折って二十五有法となされ
五十を元(もと)とされたのじゃ
神々、神心、神理、神気、神境であるぞ
この交叉弥栄は限りなし
これを五鎮と申すのであるぞ
上天、下地、照日、輝月、光星、これを五極と申すぞ
東木、南火、中土、西金、北水、これを五行と申す
裸物、毛物、羽物、鱗物、甲物を五生と申し
文則、武則、楽則、稼則、用則を五法と申すのじゃが
それだけでは足りん
その中に〇があるのじゃ
大神がましますのじゃ
人民の頭では中々に理解出来んなれど
理解して下されよ
これが妙であるぞ奇であるぞ
天の父の教えであり、地にうつした姿であるぞ

 

 

地震などの天災は、カルマの解消

 

地震などの天災は、カルマの解消

地震や火山の噴火などの天災は、地球の自然の活動であると思われていますが、実その土地の人々のカルマ(日月神示ではめぐりといっている)の解消である場合がある。天候と人のカルマには関係がある。
カルマが大きいところほど被害が大きい。

カルマは、個人、家族、町、国、地球とさまざまな単位で存在する。
日本も大きなカルマを抱えていて、どうしても南海トラフなどの大天災が来る可能性が高い。しかし、未来はまだ決まっていない。カルマが無くなり大難が小難になるように、皆が努力しなければならない。

 

日月神示

富士の巻 27帖
江戸と申すのは東京ばかりではないぞ
今の様な都会は みなエド(穢土・汚れた世界)であるぞ
江戸(汚れた場所)はどうしても火の海ぞ
それより外(ほか)やり方ないと
神々様申して居られるぞよ

 

2062年の未来人

2016/4/17
Q.南海トラフについてなにか情報をください。

A.あまり詳細を言うと問題になるが、一つだけ言っておく。
2016年で予測している被害より、10倍以上想定外だと言う事だ。 

 

Q.10倍とは、10倍の死者が出るということでしょうか?
それとも、10倍の範囲ってことでしょうか?
もしかして日本全部に津波がくるのですか?
A.詳細は伝えることは許されないが、大半は回避できないと言っておく。

Q.あなたがここにいるのは大事なことを伝えるためじゃないの?
首都直下型地震は来るの?
A.間違いなく来る、とだけ言っておく。

Q.2022年何月何日に行く予定ですか?
A.あまり言いたくはない。
無残で少しばかり悲しくなる。

 

私は日本のカルマが解消して、大難が小難になるように神に祈ったり、ボランティア活動をしたり、このブログで日月神示や天災に関することを書いています。それが御魂磨きにもなる。

ボランティア活動は、2011年から複数の犬猫の動物愛護団体へ支援物資を週に1、2回のペースで送っています。家や仕事場で不要になったものを送っているので、お金がかかるのは、送料だけです。

家と土地の掃除も頻繁にしている。

 

日月神示

春の巻 49帖
天災や地変は大き肉体の応急処置の現われであるぞ。

部分的に人間苦しめる様に思ってはならん。
一日一度は便所へ行かなならんであろうがな。
人間この世の五十年を基(もと)として考えるから
分からなくなるのぞ。
永遠弥栄の生命、早く体得結構。

星座の巻 第4帖
身体中、黄金(こがね)に光っているのが国常立大神の、ある活動の時の御姿ぞ。

白金は豊雲野大神であるぞ。
今の科学では分からん。
一万年や三万年の人間の地上的学では分からん事。
国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島であるぞ。

春の巻 第15帖
誠を申すと耳に逆(さか)らうであろうが
その耳取り替えて了うぞ
我(われ)に分からんメグリあるぞ
今度は親子でも夫婦でも
同じ様に裁く訳には行かんのだ
子が天国で 親(おや)地獄と云う様にならぬ様に
して呉れよ

一家揃って天国身魂(みたま)となってくれよ
国みな揃って神国となる様務(つと)めてくれよ
メグリは一家分け合って
国中分け合って借金無しにして下されよ
天明(岡本天明)代わりに詫(わ)びして呉れよ
役員代わって詫びして呉れよ(お詫び)

第57帖
後にも先にも無い、みせしめ出て来るぞ。

めぐりひどい所ほどひどい見せしめ。

日の出の巻 第12帖
日に日に厳しくなって来ると申してあった事
始まっているのであるぞ
まだまだ激しくなって
何うしたらよいか分からなくなり
あちらへうろうろ、こちらへうろうろ
頼る処も着るものも住む家も食う物も無くなる世に
迫って来るのだぞ
それぞれに めぐりだけの事はせねばならんのであるぞ

 

 

 

造幣局へお花見に行きました

造幣局へお花見に行きました

4月14日の夜に造幣局へお花見に行きました。たくさんの桜のシャワーを浴びてきました。
夜は朱色のライトがたくさありましたが、やや暗かったので、もう少し明るくライトアップされていいと思います。やはり明るい昼のほうが、桜がきれいです。

毎年お花見で思うのですが、ピンク色の桜は人を幸せな気持ちにする。

テキ屋のお店がたくさんありました。知り合いにテキ屋のおじさんがいるのですが、その人の話だと、今はテキ屋の客の7割が、中国人などの外国人だそうです。日本人はあまり買わない。テキ屋も今は外国人旅行者に助けられている。

売店で桜のポストカードセットを買い、天満橋駅で大福を買いました。

人と植物、動物、石などは目に見えない繋がりがあり、大切にすることです。親しむことで、これらが自分となる。

 

日月神示
春の巻 第30帖   

 宇宙のすべてが繋がりであるぞ
石でも水でも草でも木でも動物でも

すべてが繋がりじゃ
手と足の様なもんじゃ
拝(おろがみ)み合えよ
親しみ合えよ  和せよ
和すと自分となるのじゃぞ
自分大きく、明るくなるのじゃ
豊かにうれしうれしじゃ

月光の巻 第56帖
そなたはいつも孤独、そなたの不運は孤独からじゃ
友作れよ
友を作る事は己(おのれ)を作る事と申してあろが
友を作る事は新しき世界を作る事ぞ
一人の世界は知れたものぞ
一人ではマコトの道を生きては行かれんぞ

友と申しても人間ばかりでは無いぞ
山も友、川も友、動物も植物も皆友ぞ
大地も大空も皆友となるぞ
何もかも皆友じゃ
皆己(おのれ)じゃ
皆々己となれば己は無くなるぞ
己無くなれば永遠(とわ)に生命(いのち)する
無限の己となるのじゃ

御神前で拝むばかりでは狭いぞ
野菜拝めば野菜が
魚拝めば魚が己となるのじゃ
拝むことは「和す」こと
和すことが友作る秘訣ぞ
友を己とすることは、己を友とすることじゃ
友に捧げることじゃ
親は子に捧げるからこそ、子が親となるのじゃ
分かったか

赤ん坊のお尻を拭(ふ)いてやる事も
あるであろうがな
そなたが赤ん坊であったら出来ない芸当ぞ
お尻を出す者があっても、決して怒ってはならん
子のお尻と思って
綺麗(きれい)に拭いてやれよと申してあろうが
お尻を持ち込まれるのは
持ち込まれるだけの訳(わけ)があるからぞ

利子は後から支払えば良いと
そなたは思っているが
先に支払う事もあるのであるぞ
先にお尻を拭かねばならん事も
世が迫って来ると出て来るのじゃ
その代わり、後(あと)で神が
そなたのお尻を綺麗に拭いて下さるぞ
ぶつぶつ申さずに勇んでやって下されよ

不登校、ひきこもり、非行の解決には、家と土地の掃除


不登校、ひきこもり、非行の解決には、家と土地の掃除

家とその住人の人格や運勢は、高い相関関係がある

立派できれいな家には運勢のいい人が住み、汚い家には運勢の悪い人が住むことが多い。
これは実際に多くの人と家を観察すると分かる。

 

なぜ相関関係があるのかというと、人はあの世でもこの世と同じような家に住む。
そして人の魂の状態の変化に合わせて家や衣服も変化していく。
その霊界の写しがこの世にある。

 

だから、いい家に住み、いい衣服を着るには、魂を磨いて内分を高めるといい。

魂を磨く方法はさまざまですが、取り組みやすいのは、自分の家と土地の掃除です
掃除をすると胸のあたりがスッキリする感覚がある。
これが魂を磨いている証拠。

町の清掃ボランティア活動の参加もいいです。

日月神示にも、家や土地は、神からの借り物だから大切にしておきなさいと書いてある。
家の掃除は面倒な作業ですが、良い点は

お金がかからない。
誰でもできる。
家のどこに何があるか把握できる。
快適に生活できる。

 

風水でもいろいろな開運法がありますが、家の掃除と整理整頓が基本です。お寺のお坊さんは、寺の掃除が大事な行のひとつ。

家や土地をキレイにすればするほど、魂が磨かれ、家が立派になり、運勢がよくなり、豊かになる。

 

ある刑事の話では、暴力事件や殺人事件、窃盗事件の現場では、便所が汚いことが多い。
これは汚い家が事件を引き寄せてしまった。
普段から家をキレイにしておけば、事件を回避できたかもしれない。

 

日本では学校の生徒の不登校、ひきこもり、非行などの問題がありますが、この解決法のひとつには、家と土地の掃除がいいです。
親と子供が一緒になって、家と土地を隅から隅まで掃除に励んで魂を磨くといいです。

 

お金があれば、リフォームや風水師に家相を見てもらい、いい家相にするといいです。

 

日月神示 

雨の巻 12帖

食い物大切に家の中キチンとしておくのが
カイの御用だぞ 初めの行だぞ

 

冬の巻 1帖

自分を霊とすると、衣は体
衣着た自分を霊とすれば家は体
家にいる自分を霊とすれば土地は体であるぞ

地震の巻 15帖

霊界には山もあり、川もあり、海もあり、また、もろもろの社会があり、霊界の生活がある。
故に、そこには霊人の住宅があり、霊人はまた衣類を持つ。
住宅は、その住む霊人の生命の高下によって変化する

霊人の家には、主人の部屋もあれば、客室もあり、寝室もあり、また、食堂もあり、風呂場もあり、物置もあり、玄関もあり、庭園もある、といったふうに、現実世界とほとんど変わりがない。

ということは、霊人の生活様式なり、思想なりが、ことごとく同様であるということを意味する。
また、内分を同じくする霊人達は、相集まり、住宅は互いに並び建てられており、地上における都会や村落とよく似ている。
その中心点には多くの場合、神殿や役所や学校等あらゆる公共の建物が、ほどよく並んでいる。

そして、これらのすべてが霊界に存在するが故に、地上世界に、その写しがあるのである。
霊界を主とし、霊界に従って、地上にうつし出されたのが、地上人の世界である。

地上人は、物質を中心として感覚し、かつ考えるから、真相がなかなかにつめない。
これらすべての建物は、神の歓喜を生命として建てられたものであって、霊人の心の内奥にふさわしい状態に変形され得る。

また天人の衣類も、その各々が持つ内分に正比例している。
高い内分にいる霊人は高い衣を、低いものは低い衣を自らにして着することとなる。

彼等の衣類は、彼らの理智に対応しているのである。
理智に対応するということは、真理に対応するということになる。

良い学校へ行き、良い仕事に就くには、魂を磨くこと

良い学校へ行き、良い仕事に就くには、魂を磨くこと

霊界でもこの世と同じように様々な仕事がありますが、どの仕事をするかは、自分の内分の段階によって決まる。自分の内分の段階以上の仕事はできない。今の仕事を一生懸命がんばり、魂を磨いて自分の内分が高まれば、より段階の高い仕事ができる。

この世でもだいたい同じことが言える。いい学校へ行きいい仕事に就くには、勉強も大事ですが、それに相応しい魂を持つ必要がある。相応しくない魂であれば、運よくいい学校へ入ったりいい仕事に就けても、長く続かない。
普段から魂を磨く努力が大事です。

世の中のさまざまな仕事と、その人の人格や容貌、服装などの関係を観察すると、その仕事に相応しい人が就いていることがわかる。

すばらしい仕事をしている人を実際に身近で観察して、おおいに刺激を受けるといいでしょう。

 

日月神示

 第17巻 地震の巻 第十八帖
神から出る真、善、美、愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜である。故に、霊界における霊人たちの職業は、その各々の有する内分により、段階によって自ら定まる

為にその用は無数であり、且つ千変万化する。歓喜第一、神第一の奉仕が霊人の職業である。故に、自分自身の我が表に出た時は、力を失い、仕事を失い、苦悩する。霊人の仕事は限りなく、地上人の仕事以上に多様であるが、より良さ、より高さ、より神に近い霊人生活に入るための精進であり、喜びであることが知られる。

そして、その何れもが神の秩序、即ち大歓喜の秩序、法則によって相和し、相通じ、全般的には一つの大きな神の用をなしているのである。故に、何れの面の用をなすとも、自己というものはなく、弥栄あるのみ、神あるのみとなる。

なお注意すべきことは、霊界において、権利なるものは一切感ぜず、義務のみを感じているということである。即ち、義務することが霊人の大いなる歓喜となるのである。

為に、命令的なものはない。只、ひたすら奉仕があるのみである。その奉仕は地上人であった時の職業と相通ずるものがある。何故ならば、霊と物とは対応しているからである。

人の幸せは、目に見えない神から

人の幸せは、目に見えない神から

多くの人が感じる幸せは、友人と美味しいものを食べたり、お洒落な服を着たり、異性との恋愛などいろいろとありますが、これらの目に見える肉体的な幸福は、一度味わうと終わる有限なものです。

本来の人の幸せは、霊的な幸福です。神から出る真、善、美、愛の用に奉仕することです。これは人が死んでから、あの世に行っても永遠に続く歓喜です。
あの世でも人はこの世と同じように、自分の内分に適した仕事をして魂を磨いている。これが最高の幸せ。
神との交流を求め、神の用に奉仕することです。

 

日月神示

地震の巻 第18帖 
神から出る真、善、美、愛の用に奉仕するのが霊人たちの生命であり、仕事であり、栄光であり、歓喜である。

月光之巻 第38帖
はじめの喜びは食物ぞ。
次は異性ぞ。
何れも大きな驚きであろうがな。
これは和す事によって起こるのぞ。
融け合う事によって喜びとなるのじゃ。
喜びは神じゃ。
和さねば苦となるぞ。  悲しみとなるぞ。
先ず自分と自分と和合せよと申してあろうが。
そこにこそ神の御働きあるのじゃ。
じゃがこれは外の喜び、肉体の喜びぞ。
元の喜びは霊の食物を食う事ぞ。
その大きな喜びを与えてあるのに、何故に手を出さんのじゃ。
その喜び、驚きを何故に求めんのじゃ。
何故に神示を食べんのか。
見るばかりではミにつかんぞ。
よく噛みしめて味わって喜びとせんのじゃ。
喜びが神であるぞ。
次には神との交わりぞ。   交流ぞ。  和ぞ。
そこには  かって知らざりし驚きと大歓喜が生まれるぞ。
神との結婚による絶対の大歓喜あるのじゃ。
神が霊となり花婿(むこ)となるのじゃ。
人民は花嫁となるのじゃ。  分かるであろうが。
この花婿はいくら年を経ても花嫁を捨てはせね。
永遠に続く結びじゃ。  結婚じゃ。
何ものにも比べる事の出来ぬ驚きぞ。  喜びぞ。
花婿殿が手を差し伸べているのに
何故に抱かれんのじゃ。
神は理屈では分からん。
夫婦の交わりは説明出来まいがな。
神が分かっても交わらねば
神と融け合わねば真理は分からん。
なんとした結構な事かと
人民びっくりする仕組みぞ。
神と交流し結婚した大歓喜は
死を超えた永遠のものぞ。
消えざる火の大歓喜ぞ。
これがまことの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。
早く神の懐(ふところ)に抱かれて下されよ。

 

春の巻 第54帖
見える幸福には限りがあり
見えぬ幸福は永遠であるぞ。
理(みち)にいそしめ。
理にとけ入れよ。
モノは無くなるぞ。
霊は永遠に弥栄るぞ。
毎日毎日掃除してもホコリはたまる。
絶えず心の掃除よいか。 洗濯よいか。
目に見えず上、下、左、右、前後から
何となく迫って来るものをサニワせよ。
サニワ(審神)して受け入れねばならん。
自分の魂を育(はぐく)み、生長させてくれる
大切なものは目に見えん所から流れて来るぞ。
和せよ。 調和せよ。
調和とは上から、より清い所から
流れて来るものに従うことぞ。
いよいよが一四一四となるぞ。
雨の神、風の神、地震の神
岩の神、荒れの神、大地震の神。

人を助けると、神がその人を助ける

人を助けると、神がその人を助ける

人は、自分のした行動が、自分に返ってくる因果応報の原理がある。この摂理は、だれも変えられない。人の行動、言葉、心の想いは、寸分違わず記録され、自分に返ってくる。

を助けると、自分が人から助けられる。人を怒ると、人から怒られる。人を殺すと、逆にいつか殺されることになる。

お腹に宿った子は、すでに魂をもつ人間です。宿った子をおろす人工妊娠中絶は殺人と同じ2014年は日本で中絶数が、年間約18万件大きなカルマを背負うことになる。

生まれた赤ちゃんを虐待で殺すと重罪ですが、お腹の中で殺すと罪に問われない。法的な殺人が、毎年何万件も起きている。中絶をゼロにしなければならない。

現在、中絶するか迷っている人は、中絶しない方がいいです。中絶すると殺人の大きなカルマをつくり、中絶しなかった人生よりもはるかに苦しむことになる。

困っている人、死にそうな人をどんどん助けることが大事です。自分も困った状況になったときに、助けられる。日本だけでも病気や貧困などで死にそうな人は、数えきれないほどいる。人民救済のボランテァア団体の活動に参加するのもいいです。

落語では「文七元結」が、人助けの噺で面白い。人助けをすると自分が助けられることが、うまく表現されている。

 

日月神示 

松の巻 第20帖
ここまで来れば大丈夫だぞ。
心大きく持って焦らずに御用せよ。
饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ
もう何事も申さんでも天と地にして見せてあるから
それよく見て、改心第一ぞ。
悪は霊力が利かん様になったから
最後の足掻(あが)きしているのだぞ。
人助けておけば、その人は神助けるぞ。
神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ
これから愈々の御用あるぞ。

 

春の巻  第7帖
言分けて書きおくから、迷わん様に、人民の理(みち)歩んで呉れよ。
何も彼も嬉し嬉しとなる仕組、
人民に禍(わざわい)無いのじゃ。
不足無いのじゃ。
いつも楽し楽しの歌で暮らせる仕組じゃぞ。
と申して、心で分かっても、今の人民には分かるまいから、更に言分けて、こまかに説いて聞かすぞ。
理(みち)しるべをつくりおくぞ。
これがよろこびの理じゃ。
人民のいのちを正しく育てることが一番の喜び。
人民と申す者は神の喜びの全(まっと)き現われであるぞ。
いくら穢れても元の神の根源神のキをうけているぞ。
それを育てることじゃ。
導くことじゃ。
死なんとする人助けるのもその一つじゃ。
宿った子殺すことは、人民殺すことじゃ。
今の人民九分九厘は死んでいるぞ。
救え、救え、救え。
おかげは取り徳(どく)じゃ。
生かせよ。生かせよ。
生かす理(みち)は神示読むことじゃ。

和歌山の「ふくろうの湯」へ行く。 病気になった。

和歌山の「ふくろうの湯」へ行く。病気になった。

1月4日に和歌山の和歌山城と天然温泉「ふくろうの湯」へ行きました。
この日が、九星気学で南西が吉方位だったので、私の住む大阪から南西にある和歌山へ行きました。

「ふくろうの湯」で温泉と岩盤浴と食事のセットを利用。料金は、2300円ほど。これだけ盛りだくさんで2300円ほどとは安い。

和歌山から大阪へ帰るころから体がしんどくなり、家に着いたときは、熱が少し出ていました。寝るときには、頭がボーとして、のどが少し痛い状態が続いた。

翌日に一度嘔吐してから、少し体が楽になり、完治するのに12日ほどかかった。咳が10秒に1回ほど出ることが5日ほど続いた。寝るときにも咳が出て、辛かった。

病気は、少なくてもここ5年は1度もなかったので、体の疲れが、正月休みに出たと思ったのですが、正月休みにも病気になったことは、ほとんどないのでおかしいなと思いました。

気学のサイトに、吉方位へ行くと好転反応があると書いていました。好転反応とは、体の毒出しのようなもので、タバコを禁煙すると口内炎ができるのに似ている。病気や怪我や交通事故にあうことがある。

以前に、吉方位の堺のりんくうへ2度行ったのですが、その時は、なんともなかった。堺より和歌山の方が距離が長いので、効力が大きかったのでしょう。でも、これで方位の力が本当にあると実感しました。

気学を始める方は、初めは短い距離から始めて、体を慣らしていくことをおすすめします。

気学で吉方位へ旅行して、楽しい思いをして簡単に開運とはいかない。価値あるのもを手に入れるには、病気や怪我やお金などのそれなり代価が必要
日月神示やシルバーバーチも同じことを述べている。

 

日月神示

春の巻 第59帖

進むにはそれ相当の苦労と努力要るぞ。
胡坐(あぐら)かいて
懐手(ふところで)していては出来ん。
時も要るぞ。
金も要るぞ。
汗も要るぞ。
血も要るぞ。
涙も要るぞ。
良いもの程値が高い。

 

シルバーバーチ

 産みの苦しみがなければ、悲しみの涙がなければ、価値あるものは何一つ実現できません
地上世界はやがてこのことを、苦しみと悲しみの涙をもって学びとることになるでしょう。いま私たちは、物質界の暗黒を打ち破ろうと活躍しています。
また私たちの教えは、いま世界の至る所で人々の心を啓発しつつあります。
こうして、霊の光が次第に地上に浸透していくにしたがって、唯物主義の闇は消散するのです


もう一つ、別の摂理をお教えしましょう。
代価を払わずして価値あるものを手に入れることはできないということです
よい霊媒現象を得たいと思えば、それなりの感受性を磨かなくてはなりません。
また、この世的な富を蓄積していると、それなりの代価を支払わされます。つまり地上的なものに心を奪われて、その分だけ霊としての義務を怠れば、地上的な富は増えても、こちらの世界へ来てみると、自分がいかにみすぼらしいかを思い知らされます。