肉食は健康に良いのか悪いのか


肉食は健康に良いのか悪いのか

近所のおじさんに「医者から肉食え肉食えと言われるから、肉を食うようにしてる」と言う話を最近聞いた。

最近のNHKのラジオでも、お医者さんが、健康のために肉、卵、チーズ、豆、野菜などをバランスよく食べるように言っていた。

ネットで検索しても、肉を勧めるお医者さんがいる。

現代の医学では、肉を食べることは、健康に良いということになっているらしい。


しかし、シルバーバーチや日月神示では、肉食を禁じている。

シルバーバーチ
スピリチュアリズムから見た肉食と動物虐待の問題


いったい肉食は、健康に良いのか悪いのか?

多くの動物を殺すとカルマを作る

ペットの殺処分や家畜の屠殺、動物実験などで多くの動物を殺すと、カルマを作り、後で殺した人が苦しむことになる。
カルマは目に見えないので、信じられない人が多いですが、動物を多く殺したカルマは、いつか必ず自分に返って来る。
神の完璧な摂理は、誰にも変えられない。

 

何十億人分も動物の肉を大量に賄えない

2017年現在の世界人口は、約70億人。この先、その多くの人が肉を毎日食べるには、一体どれだけ多くの家畜が必要になるのでしょうか。

家畜を一頭育てるには、多くの飼料や水が必要。
何十億人分も賄えるだけの、膨大な家畜を育てることは、不可能です。
地球の環境が大きく破壊される。

また、家畜を殺して人が食べられるまで加工するにも多くの手間がかかる。

神が地球を破壊するような食事を、人にすすめることはない。

人は大昔から肉を食べてきたから、今も肉を食べて良いわけではない

これは人の進化を考えていない。
人は精神的にも肉体的にも、長い年月をかけて進化していく。この先も人の霊性は進化するので、それに合わせて食べ物も質の良い物に変化していく。

 


日月神示には「草木は動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。
種は残して育ててやらねばならんのだぞ。
草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのだぞ。
出世するのだから嬉しいのだぞ。
草木から動物虫けら生まれると申してあろうがな」とある。

植物は、動物や虫に食べられて、動物や虫の身になることを嬉しく感じる。植物にはそのような役割があるので、植物を食べることは、残酷なことではない。

 

 

日月神示
雨の巻 3帖

草木は動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ
種は残して育ててやらねばならんのだぞ
草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのだぞ
出世するのだから嬉しいのだぞ
草木から動物虫けら生まれると申してあろうがな

人の身神に捧げるのだぞ
神の御身(みみ)となること嬉しいであろうがな
惟神(かんながら)のミミとはその事ぞ
神示よく読めば分かるのだぞ
この道は先に行く程広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの
誠の惟神の道で御座るぞ

 

肉食を勧める医師は、シルバーバーチや日月神示などでスピリチュアリズムを知らないことが多い。もしくは、知っても信用しない。

現代の医学を学ぶと、肉には栄養があり、健康にいいと思い患者に勧める。
しかし、医師は、動物殺害のカルマや、地球の環境破壊については触れない。もしくは知らない。


シルバーバーチによると、肉食が良いか悪いかは、その人が肉食が悪いことだと知っているかどうかが関係している。

肉食が悪いことだと知らない人は、肉を食べても罰は受けない。

 

シルバーバーチは語る

――動物を殺して食べるということについてはどうでしょうか。

動物を殺して食べるということに罪の意識を覚える段階まで魂が進化した人間であれば、いけないことと知りつつやることは何事であれ許されないことですから、やはりそれなりの報いは受けます。

その段階まで進化しておらず、いけないとも何とも感じない人は、別に罰は受けません。

知識にはかならず代償が伴います。
責任という代償です

 

結論としては、肉食が悪いこだと知れば、ただちに肉食を止めたほうがいいです。
肉食が悪いことだと知らなければ、肉食でもあまり問題はない。


この先は、人の進化にとともに、少しずつ肉食が無くなっていく。

 

天国の愛の政治


天国の愛の政治

日月神示によると、霊界の天国の政治については、
統治者は権力を奪することなく

また指令することもない。
よりよく奉仕するのみである。

奉仕するとは、いかにしてよりよく融和し
善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし
これらのすべてを神の力と生かし
さらに高度な大歓喜に至らんかと
努力することである。

また統治者自身は、

自分たちを他の者より大いなる者とはせず
他の善と真とを先とし、その歓喜をまずよろこび
己はその中に融け入る。

故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり

団体の歓喜となるのである。
指令することは、戒律をつくることであり
戒律することが神の意志に反することを
これらの統治者は、よく知っている」とある。

 

天国の政治には、神の歓喜の政治であり、その反対の戒律が存在しない。
上に立つ統治者は、他の者より大いなる者とはせず、他の者の善と真とを先とし、その歓喜をまずよろこぶ。
そうすることで、統治者は中心人物となることができる。


この世の政治や企業は、上に立つ者が、下の者に対して偉そうに指令し、怒鳴りつけ、厳しい規律を作り、従わせることが多い。

最近ではブラック企業と言われる会社が、従業員を過労死寸前までこき使うことが、問題になっている。

これは、天国の政治とは正反対の、地獄的な低い段階の統治。社長や店長などの上に立つ者の人格の低さが大きな原因。

人格が高まるほど、他者に奉仕する度合いが高まり、自分を大いなる者としなくなる。


地震の巻は、長文ですが、何度も読んで天国の政治を理解することが大切。

 

 

日月神示
地震の巻 19帖

天国の政治は、歓喜の政治である。
故に戒律はない。
戒律の存在するところは、地獄的段階の低い
陰の世界であることを知らねばならない。

天国の政治は、愛の政治である。

政治する政治ではない。
より内奥のより浄化されたる
愛そのものからなされる。
故に、与える政治と現われる。

天国は限りなき団体によって形成されている。

そして、その統治は、各々の団体における最中心
最内奥の歓喜によりなされるのである。
統治するものは一人であるが
二人であり、三人として現われる。
三人が元となり、その中心の一人は
「・」 によって現わされ、他の二人は
「⦿」によって現わされる。
「⦿」は、左右上下二つの動きのimg_20131203-061254.gifを為すところの
立体img_20131202-195752.gifからなっている。

統治者の心奥の ﹅ は、さらに高度にして

さらに内奥に位する ﹅ の中の ﹅ によって統一され
統治され、立体img_20131202-195811.gifをなしている。
天国ではこの ﹅ をスの神と敬称し
歓喜の根元をなしている。

スの神は、アの神と現われ給い

オとウとひらき給い、続いて、
エとイと動き現われ給うのである。
これが総体の統治神である。
三神であり、二神である。

ア・オ・ウは愛であり、エ・イは真である。

これら天国の組織は、人体の組織と対応し
天国の一切の事象と運行とは
人体のそれに対応している。

オ・ウなる愛は曲線であり、心臓である。

エ・イなる真は、直線であり、肺臓に対応して
三五七と脈打ち、呼吸しているのである。

これらの統治者は権力を奪することなく

また指令することもない。
よりよく奉仕するのみである。

奉仕するとは、いかにしてよりよく融和し
善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし
これらのすべてを神の力と生かし
さらに高度な大歓喜に至らんかと
努力することである。

また統治者自身は、

自分たちを他の者より大いなる者とはせず
他の善と真とを先とし、その歓喜をまずよろこび
己はその中に融け入る。
故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり
団体の歓喜となるのである。

指令することは、戒律をつくることであり

戒律することが神の意志に反することを
これらの統治者は、よく知っている。

天国における政治の基本は、以上のごとくであるが

さらに各家庭においては
同一の形体をもつ政治が行われている。
一家には一家の中心たる主人、
すなわち統治者がおり、
前記のごとき原則を体している。

またその家族たちは、主人の働きを助け、

主人の意を意として働く。
その働くとは、
彼等にとって最大の歓喜であり、弥栄である。
すなわち、歓喜の政治であり、
生活であり、信仰である。

天国における天人、霊人たちは、

常にその中心歓喜たる統治者を神として礼拝する。
歓喜を礼拝することは、歓喜の流入を受け
より高き歓喜に進んで行くことである。

けれども、天国における礼拝は、

地上人のそれのごとき礼拝ではない。
礼拝生活である。
すべてと拝み合い、かつ歓喜し合うことである。

与えられたる仕事を礼拝し

仕事に仕えまつる奉仕こそ
天国の礼拝の基本である。
故に、各々の天人、天使の立場によって
礼拝の形式、表現は相違している。
しかし、歓喜の仕事に仕えまつることが
礼拝であるという点は一致してる。

地上的礼拝は、形式の世界たる地上においては

一つの生き方であるが、天国に於ける礼拝は
千変万化で、無限と永遠に対するものである。
無限と永遠は
常に弥栄えるが故に生じるものであり、
その弥栄が神の用(はたらき)である。

森羅万象の多種多様、限りなき変化、弥栄を見て

この無限と永遠を知り、
あらゆる形において変化繁殖するを見て
無限と、永遠が神の用なることを知らねばならぬ。

天国の政治は、光の政治である。

天国にも地上のごとく太陽があり
その太陽より、光と熱を発しているが
天国の太陽は、一つではなく
二つとして現われている。
一は月球のごとき現われ方である。
一は火の現われ、火の政治であり
一は水の現われ、水の政治である。

愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ

智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ。
月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、
各々その天人、天使の情動の
移管(いかん)によるのであって
神は常に光と、熱として接し給うのである。

またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。

光と熱とは、太陽そのものではない。
太陽は、火と現われ、
月は、水と現われるが、
その内奥はいずれも大歓喜である。
光と熱とは、そこより出づる一つの現われに
過ぎないことを知らねばならぬ。

このことをよく理解するが故に
天国の政治は、常に光の中にあり
また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。
天国の太陽よりは、真と愛が常に流れ出ているが
その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく
現われ出たものが真と見え
愛と感じられるのみである。

太陽の内奥は大歓喜が存在する。

故に高度の天人の場合は、愛も真もなく
はるかにそれらを超越した歓喜の ﹅ が
真・善・美・愛となって、
多くの天人、天使たちには感じられるのである。

歓喜は、その受け入れる天人、天使、霊人

地上人たちの持つ内質の如何によって
千変万化し、また歓喜によって
統一されるのであるということを知らねばならぬ。

 

 

日本の家庭には、宝の山がたくさんある


日本の家庭には、宝の山がたくさんある

日月神示に「与えられたもの、そのもの喜ぶようにすれば、楽に行けるよう暮らし向きも、楽し楽しで暮らせるようになっているぞ。
あり余るほど与えてあるでないか。生かして使えよ」とある。

 

以前にも何度かブログに書きましたが、まず人が大切にしなければならないものは、食べ物と住居です。
これらを毎日感謝して大切にすると、不思議と暮らしが良くなっていく。

 

日本には、さまざまな物が、多すぎるほどある。

それぞれの家庭には、風呂、トイレ、冷蔵庫、テレビ、パソコン、タンス、服、車、自転車など、物があり余るほどある。
貧しい家庭でも、たいていはこれらの物が揃っている。

それらに感謝して、掃除したり磨いて大切に扱うと、暮らしも良くなっていく。
日本の貧困問題も少しずつ解決していく。

 

そんなことで暮らしが良くなるとは、信じられない人も多いでしょう。
しかし、すべてのものは、神からの借り物であり、人のものではないということを知ると、神からの借り物を大切にすることで、幸運が手に入ることが分かってくる。

そう考えると、日本のそれぞれの家庭には、宝の山がたくさんあることが分かる。


毎日身の周りの物に感謝して、磨いて大切にすると、楽しく暮せる。

 

 

日月神示 
夏の巻 第1帖

与えられたもの、そのもの喜ぶようにすれば

楽に行けるよう暮らし向きも
楽し楽しで暮らせるようになっているぞ
あり余るほど与えてあるでないか
生かして使えよ

生活になぜアクセクするのじゃ
与えてあるもの殺すから
自分も死の苦しみするのじゃ

有限でなければモノは顕われないぞ

モノに顕わすと有限となるのじゃ

すべてに感謝せよと申してあろうが

すべてのものにそれ相当の意義あるぞ
全体的には喜びせねばならん
愛をもって接しなければならん
信をおかねばならん

じゃと申して局部局部に於いては

それぞれその時に応じて処理せねばならん
只その場合はゆとりもって処理せよ
綱長くしておかねばならん

 

 

日月神示に縁がある人は、死ぬほどの経験があることが多い (2)


日月神示に縁がある人は、死ぬほどの経験があることが多い (2)

自分のうつ病がカルマの解消なら、うつ病にも大きな意味があったということになる。

以前に、病気の治し方を書きました。

一二三の食べ方で病気が治る

「心の病は、一二三唱える事に依って治り
肉体の病は、四十七回噛む事によって治るのだぞ」

うつ病も一二三を唱えて食べると、治るかもしれない。
もし治れば、この無料でできる食べ方は、本当にすごい効果があるということになる。
私がうつ病のときに、これを知っていたらよかった。


他には、

日月神示を声を出して読む。
太陽光を毎日1時間ほど浴びる。
公園や砂浜などで、裸足で土を踏む。
なども病気が治りやすい。
どれも無料でできるのが素晴らしい。

 


私は、重い病気の経験があるからといって、日月神示の神の御用に引き寄せられた者かは、まだ分からない。

日月神示に関係がない人も、重病になることが多い。
しかし、日月神示を熱心に読むようになったので、何かの縁を感じる。

他にも日月神示を読んでいる方で、過去に死ぬほどの経験をされた方は、少なくないと思います。

 

日月神示
黄金の巻 第41帖

この方の許へ引き寄せた人民
八分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を
神が助けて、めぐり取って御用させているのぞ 

奉仕せよ
どんな御用でも勇んで務めよ
肚(はら)に手当てて考えよ
成る程なぁと思い当たるであろうが
喉元すぎて忘れて居ろうが

 

 

日月神示に縁がある人は、死ぬほどの経験があることが多い (1)

日月神示に縁がある人は、死ぬほどの経験があることが多い (1)

日月神示には、「この方の許へ引き寄せた人民
八分通りは皆一度や二度は死ぬる生命を
神が助けて、めぐり取って御用させているのぞ」とある。

「めぐり」とはカルマのこと。

日月神示に縁のある多くの人は、病気や事故などで、死ぬほどの経験を一度か二度して、カルマを解消し、御用をするという。

 

私は20歳くらいのころ、うつ病になり、半年ほどかなり苦しんだ経験がある。
頭がぼーっとして、少しだけだが自殺願望も出て苦しかった。
うつ病は、なかなか治らないので、絶望感がすごくある。お先真っ暗な感じ。


病院へ行き、お薬を飲んでいた。いつまでこの状態が

続くのか不安だったが、安静にして過ごしていると、自然と治っていった。

 


うつ病になったのは、それまでいろいろと忙しくしすぎて、体に負担をかけ過ぎたのが、原因だと思っていた。

しかし、これまで自分が抱えていたカルマの解消が、原因だったかもしれない。カルマは自分だけでなく、家族のカルマも関係しているかもしれない。


家族のカルマは、個人にはカルマがなくても、家族の誰かが背負い、苦しむことがある。

これは、とても苦しいことですが、カルマは苦しまないと解消できないので、耐えるしかない。
カルマが解消されたら、家族の生活が楽になっていく。

 

日月神示
春の巻 24帖

その人民にメグリなくしてもメグリ負ふことあるぞ。
人類のメグリは人類の誰かが負はねばならん。
一家のメグリは一家の誰かが負はねばならん。
果たさねばならん。
善人が苦しむ一つの原因であるぞ。
神の大きな恵みであり試練であるぞ。
判りたか。

 

病気や地震などの災難をなくす方法

 

病や地震などの災難をなくす方法

日月神示によると、手首、腹、首、頭、足、胸、へそ、脊首、手の息が合っていれば病が無い。
これらに何か異変があれば、病や災難に要注意。

その場合は、「一二三祝詞」を何度も唱えると、体の異変が収まる。「祓え祝詞」も唱えるといい。

祝詞のCDが発売されているので、CDを聞くと、どのようにして唱えるか分かる。
「一二三祝詞」と「祓え祝詞」は長いので、紙にコピーして読むといい。

 

 

 

この助けてくれる神様は、オオカムツミ神。
どのようにして人を助けてくれるのか分かりませんが、神の力は三次元の人知を超えている。


飛行機事故や大地震がある日も息が乱れる。

人の体は、事前に危険を察知する不思議な能力がある。
体に違和感がある日は、要注意です。特におヘソの部分。
その日は、事故や地震に気を付ける習慣が大切。


近い将来、南海トラフ大地震が日本に起きて、多くの人が亡くなる可能性が高い。

その時のために、この災難を避ける方法を会得しておくといい。大地震が起きたときに、助かる可能性が高まる。

 

【 一二三祝詞(ひふみのりと) 】

ひふみ、よいむなや、こともちろらね
しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか
うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ

 

【祓え祝詞】

かけまくもかしこき、いざなぎの大神、つくしのひむかの、たちばなの、おとのあはぎはらに、みそぎはらえたまえるときになりませる、つきたつふなどの神、みちのなかちはの神、ときおかしの神、わつらいのうしの神、ちまたの神、あきくひのうしの神、おきさかるの神、おきつなぎさびこの神、おきつかいへらの神、へさかるの神、へつなぎさびこの神、へつかいへらの神、やそまがつひの神、おおまがつひの神、かむなおひの神、おおなおひの神、いづのめの神、そこつわたつみの神、そこつつのおの神、なかつわたつみの神、なかつつのおのみこと、うわつわたつみの神、うわつつのおのみこと、はらえと四はしらの神たちともに、もろもろのまがごと、つみけがれをはらえたまえ、きよめたまえともうすことを、きこせめせと、かしこみかしこみもうす

 

日月神示
日の出の巻 第15帖

病あるか無いか、災難来るか来ないかは
手届くか届かないかで分かると申してあろうがな
届くとは注ぐ事ぞ

手首の息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と
胸の息とへその息と脊首の息と手の息と
八所十所の息合っていれば病無いのだぞ

 

災難見ないのだから、毎朝神拝みてから
よく合わせてみよ
合っていたらその日には災難無いのだぞ
とくにへその息一番大切だぞ

もしも息合っていない時にはヒフミ唱えよ

唱え唱えて息合うまで祷(いの)れよ
何んな難儀も災難も無くしてやるぞ


この方意富加牟豆美(オオカムツミ)神であるぞ

神の息と合わされると災難、病無くなるのだぞ
大難小難にしてやるぞ、生命助けてやるぞ


この事はこの方信じる人でないと誤るから

知らせるではないぞ
手二本足二本入れて十柱ぞ、手足一本として八柱ぞ
この事早く皆に知らせて
どしどしと安心して働く様にしてやれよ


飛行機の災難も地震罪穢れの禍いも

大きい災難ある時には息乱れるのだぞ
「一二三祝詞」と「祓え祝詞」と神の息吹と息と
一つになっておれば災難逃れるぞ

信じる者ばかりに知らせてやって呉れよ

 

 

日本人の血を尊ぶ 混ぜると血を乱す


日本人の血を尊ぶ 混ぜると血を乱す

日月神示には
血尊べよ、血は霊であるぞ神であるぞ、
血にごしてはならんぞ。
血は混ぜこぜにしてはならんのじゃ

交ぜることは乱すことだぞ

「学はこの大事な血乱す様に仕組みているのだぞ
それがよく見える様にしたのは悪神だぞ
人民の目くらましているのじゃぞ」
とある。

 

日本人の血とが外国人の血を混ぜることは、血を乱すことであり、混ぜてはいけない。

もし、日本に何百万人、何千万人とハーフが増えると、日本が混乱する。

それを知っている悪神が、昔から日本人と外国人との混血を増やし、日本を乱すように仕組んでいる。

そして日本人にハーフを作ることが良いことのように、洗脳している。


日本は、日本人の大事な血を尊ぶという意識が、まだまだ低い。学校や親から教わっていないのも、大きな原因。


昔からテレビの芸能人やファッションモデルなどは、ハーフがとても多い。これらの業界のハーフの多さには、違和感を感じる。

これらの業界の人が、日本人よりもハーフを優遇して起用している。

これからも、これらの業界で新たなハーフが出てきて、ハーフがますます増加することになる。

 


テレビ番組でも、昔から国際結婚の番組を放送して、国際結婚が幸せなように放送している。

国際結婚で不幸になった人は、ほとんど放送しない。
この番組の影響で国際結婚する人が、どんどん増える。


ハーフが増えると、日本が混乱する。日本人の大事な血を尊ぶことが大切。

 

日月神示
梅の巻 第15帖

血尊べよ、血は霊であるぞ神であるぞ

血にごしてはならんぞ
血は混ぜこぜにしてはならんのじゃ

黄金(こがね)は黄金の血
白銀(しろがね)は白銀の血
黄金白銀交ぜ交ぜて別の血つくってはならんのじゃ
外国には混ぜこぜもあるなれど
元を混ぜこぜならんのだぞ
交ぜることは乱すことだぞ


学はこの大事な血乱す様に仕組みているのだぞ
それがよく見える様にしたのは悪神だぞ
人民の目くらましているのじゃぞ
科学科学と人民申しているが

人民の科学では何も出来ん
乱すばかりじゃ
神に尋ねて神の科学でないと何も成就せんぞ

 

ひふみ神示の神の印が付いているか

 

ひふみ神示の神の印が付いているか


店の名が「ひふみ」

私の祖父の代から自営業をしており、店の名前は「ひふみ」といいます
昔は、将棋の加藤一二三氏が、同じ名前だと知っていた。加藤氏の本も家にありました。

 

最近気付いたのですが、「日月神示」の原文を解読し、漢字仮名交じり文に書き直されたものは、「ひふみ神示」という。

ひふみが同じ 。 これは何かの縁を感じる。


もちろん、祖父や父は、「ひふみ神示」を知りません。

私が最近、「ひふみ神示」を知り、ブログでも書くようになったばかり。

 

 

神の印の痣


他に縁があるかもしれないと思うことは、日月神示の紫金の巻第4帖 に、


大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮四の状態となるのぢゃ、

掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて
息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、
因縁のミタマには☉や◎の【カミ】の印がつけてあるぞ」とある。

 

私には、生まれつき、右の膝小僧に1,5センチほどの薄茶色の痣(あざ)がある。形は、神の印の真ん中の点に少しだけ似ている。
しかし、生まれつき痣がある人は多いので、これは神の印かは分からない。


日月神示に因縁がある人は、神の印があることでしょう。因縁のない人には、印はほとんど無い。

 

「ひふみ」という名字


自動書記で見事な文章の神示を書いている、「ひふみともこ」という名の女性がいます。神示の本も上梓している。

サイトはこちら

神から人へ - ひふみともこ の 神との対話

この女性の名字も「ひふみ」なのも興味深い。

 

 

霊界でも食物を食べる

 

霊界でも食物を食べる

これまでに、食べ物に関する記事をいくつかブログに書きましたが、日月神示によると、なんと霊界の人は、霊界でも、この世と同じように食物を食べるという。


霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化する

この世でも、人の内分によって食べるものが、それぞれ違ってくる。人の内分が高まると、食物も質の良いものに変わってくる。
逆に、ジャンクフードなどの質の低いものを好む人は、内分が低い人が多い。

日本の昔の和食は、とても質が高く、日本人に理想的な食べ物。これは、日本人の内分の高さが関係している。

その他、フランス料理やイタリア料理など、それぞれの国の人の内分によって、食べるものが変わる。


霊人と食物が調和して、歓喜となる。歓喜とは、神のこと。
食物を食べて美味しいと感じることは、神の歓喜が関係している。


霊人は、植物性のものを好み、動物性のものは好まない。
性の遠く離れた食物ほど神の歓喜の度が強くなる。


確かに、この世でも植物性の食べ物のほうが、体が元気になるし、健康に良い。動物性を多く食べると、気分が悪くなる。
植物性がいいのは、歓喜の度の強さが関係していた。

 

 


「すべての食物は、ことごとく食べて一物も残さないのである」とあるので、なるべく残さずに、野菜を全部を食べるようにすると、健康にも良いかもしれない。


食物を食べることは、神の歓喜を食べることだったのです。

 

日月神示
地震の巻 第15帖

霊人はまた、いろいろな食物を食している。
言うまでもなく霊人の食物であるが、これまたその霊人の状態によって千変万化するが、要するに歓喜を食べているのである。

食べられる霊食そのものも、食べる霊人もいずれも食べる、ということによって歓喜しているのである。

地上人の場合は、物質を口より食べるのであるが、霊人は口のみでなく、目からも、鼻からも、耳からも、皮膚からも、手からも、足からも、食物を身体全体から食べるものである。


そして、食べるということは、霊人と霊食とが調和し、融け合い、一つの歓喜となることである。


霊人から見れば、食物を自分自身たる霊人の一部とするのであるが、食物から見れば霊人を食物としての歓喜の中に引き入れることとなるのである。


これらの行為は、本質的には、地上人と相通じる食物であり、食べ方ではあるが、その歓喜の度合いおよび表現には大きな差がある。

食物は歓喜であり、歓喜は神であるから、神から神を与えられるのである。

以上のごとくであるから、他から霊人の食べるのを見ていると、食べているのか、食べられているのかわからないほどである。

また霊人の食物は、その質において、その霊体の持つ質より遠く離れたものを好む。
現実社会における、山菜、果物、海藻等に相当する植物性のものを好み、同類である動物性のものは好まない。


何故ならば、性の遠く離れた食物ほど歓喜の度が強くなって来るからである。

霊人自身に近い動物的なものを食べると歓喜しないのみならず、かえって不快となるからである。


そして霊人はこれらの食物を歓喜によって調理している。

そしてまた与えられたすべての食物は、悉(ことごと)く食べて一物も残さないのである。

 

この世の何を拝んでもいい

この世の何を拝んでもいい

日月神示に「宇宙の総てはこの神の現れであり、一面であるから、その何処つかんで拝んでもよいのである」とある。

人は、昔から様々なものを拝んで来ましたが、基本的に何を拝んでも良かったのです。

 

これに関する私の経験を書きます。

左馬とひょうたん


3年ほど前に、デパートで1,5センチほどの左馬とひょうたんがセットになった縁起物を5000円ほどで買った。


左馬
は、将棋の駒に馬の字が、左右逆に書かれていて「まう(舞う)」という意味で縁起が良い。

ひょうたんは、上下がねじ式になっており、色々な縁起物が詰まっている。
水晶、ひょうたん、サイコロ、カエル、七福神の大黒さんと恵比寿さんなどが入っている。


70歳位のお爺さんが販売していて、色々とお話してくれた。

私は、昔の人はこんなユニークな物を作っていたのかと思い、日本の昔の文化を学ぶつもりで、これを買った。


これをいつもパンツのポケットに入れていた。たまに握りしめたり、磨いたりした。


それからは、ひょんなことから、人から思いもよらぬ物を貰うラッキーなことが何度かあった。

これは、ひょうたんをいつも持っていたからかもしれない。というのも、貰ったものは、ひょうたんに形が似ていることが多かった

 


どんぐり

次に、他にもいつもポケットに入れておくといいと思い、どんぐりを1つポケットに入れておいた。

すると、知り合いのお婆さんから、自分の庭で植えているグミの木の枝を切ったものを何度か頂いた。
グミの木を人から頂くのは、生まれて初めて。

グミの木の実は、赤くて形が、どんぐりに似ている
これもやはり、どんぐりをいつも持っていたからかもしれない。


初めに書いた左馬とひょうたんのセットの縁起物は、昔の人がいつも持っていると、同じようなものを引き寄せることを、多分知っていたのでしょう。

これは、良い知恵です。

自分の家と食べ物

まず、多くの人が大切にしなければならないのは、自分の家と食べ物です。

家を毎日掃除し、整理整頓する。
毎日の食べ物に感謝する。
これは、生活の基本です。
そうすると、嬉しいことが起きてきて、生活が良くなっていく。


その他にも、お金が好きなら、お金をいつも大切に扱うといい。お金が不思議と手に入るようになる。

服が好きなら、服をいつもお手入れすると、また新たな服と出会えることがある。

自分の好きなものや、欲しいものを大切にするといいです。

 


日月神示
春の巻 第22帖

宇宙の総てはこの神の現れであり
一面であるから
その何処つかんで拝んでもよいのである
その何処つかんで、縋(すが)ってもよいのであるぞ

水の流れも宗教ぞと申してあろう
総てに神の息、通っているぞ
一本の箸拝んでもよいのじゃ
ちゃんとめあて、決めねばならん


月光之巻 第23帖

金が好きなら金を拝んでも良いのじゃ
区別と順序さえ心得て居れば
何様を拝んでもよいぞ

金を拝めば金が流れて来るぞ
金を拝み得ぬイコヂ(意固地)さが
そなたを乏しくしたのじゃ赤貧は自慢にならん、無神論も自慢にならん

清貧は負け惜しみ

清富になれよと申してあろうが
清富こそ弥栄えの道、神の道
大ひつき大神のマコトの大道ぞ