人の幸せは、神との交流の歓喜

 

人の幸せは、神との交流の歓喜

 

人の幸せは、美味しいものを食べることや、異性との恋愛や、お洒落な衣服を着る、趣味に打ち込むなどさまざまなものがある。

これらは、とても楽しいものです。

 

しかし、目に見えないものからくる歓喜が存在する。

 

日月神示には、
元の喜びは霊の食物を食ふことぞ」
「次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。」
「神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ」
とある。

 

神との結婚が、永遠の歓喜を生む。
神との交流を求め、日々の仕事に努力することです。
そうすると、神との交流が少しずつ分かってくる。

 


日月神示

月光之巻 第38帖

はじめの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。
何れも大きな驚きであろうがな。
これは和すことによって起るのぞ。
とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。

よろこびは神ぢゃ。和さねば苦となるぞ。
かなしみとなるぞ。
先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。
そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。

ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。

 

元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。
その大きな喜びを与へてあるのに、
何故 手を出さんのぢゃ。

その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。
何故に神示を食べないのか。
見るばかりではミにつかんぞ。
よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。
喜びが神であるぞ。

 

次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。
そこにはかつて知らざりし

おどろきと大歓喜が生れるぞ。

神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。
神が霊となり花むことなるのぢゃ。
人民は花よめとなるのぢゃ。
判るであろうが。

 

この花むこはいくら年を経ても
花よめを捨てはせぬ。
永遠につづく結びぢゃ。
結婚ぢゃ。

 

何ものにも比べることの出来ぬ
おどろきぞ。よろこびぞ。
花むこどのが手をさしのべてゐるのに
何故に抱かれんのぢゃ。

神は理屈では判らん。
夫婦の交わりは説明出来まいがな。
神が判っても交わらねば
神ととけ合はねば真理は判らん。

 

なんとした結構なことかと
人民びっくりする仕組ぞ。
神と交流し結婚した大歓喜は、
死を越えた永遠のものぞ。
消えざる火の大歓喜ぞ。


これがまことの信仰、神は花嫁を
求めて御座るぞ。
早う神のふところに抱かれて
下されよ。


 

 

神も仏も、元は一つである (2)

 


神も仏も、元は一つである (2)


日月神示
にも、前回のひふみともこ氏の神示と同じく、釈迦やキリストやマホメットなどは、神の一つの現れであり、称え祀れと書いている。

それゆえに、釈迦、キリスト、マホメットなどの偉大な人物は、一緒に祀ってもいい。
釈迦の教えが良くて、キリストの教えがいけないという考えは、メクラであるということです。

世界中のさまざまな偉大な人物の教えを、どんどん学んでいくと良い。

 


日月神示 

月光之巻  第19帖 

釈迦、キリスト、マホメット
その他世界の生命ある教祖及びその指導神を
み光の大神様と
称えまつれと申してあろうが

img_20131110-063017.gifimg_20131110-063032.gifimg_20131110-063047.gifimg_20131110-063109.gif大神様の一つの現われぞと
申してあろうが
何故にみ光の大神様と
斎(いつ)き祀らんのじゃ、宗教しないのじゃ
そこにひかり教会としての力が出ないのじゃ

第23帖

他の宗教に走ってはならんと云う宗教も
それだけのもの
判らんと申してもあまりであるぞ
同じ所に天国もあり、地獄もあり、
霊界もあり、現実界もあり、過去も
未来も中今にあるのぞ

同じ部屋に他の神や仏をまつっては
ならんと申す一方的なメクラ宗教には
メクラが集まるのぢゃ

病気が治ったり運がひらけたり、奇跡が
起ったりするのみをおかげと思っては
ならん

もちと大き心、深い愛と真の世界を拝めよ
とけ入れよ 浄化が第一


 

 

豊かになる方法 小我と大我

 

豊かになる方法 小我と大我

 

以前に、日本の貧困対策をいくつか書きました。
これを毎日実行するだけで、日本の貧困は、かなり解決する。

日本の貧困対策

その他の自分が豊かになる方法を書きます。

小我と大我

まず、小我と大我を知ることです。

小我とは、自分だけを愛する。
大我とは、多くの他人も愛する。

 

日月神示

我を、大き我に昇華させよ
大我に融け入らねばならん
大我に融け入ったとて
小我が無くなるのでは無いぞ

自己愛をひろげて大きくして
真愛と合致させねばならん

 

自分の好きなことを自分だけで楽しむのではなく、その楽しみを多くの他の人にも分かち合うことが大切です。

美味しいものを食べることが好きなら、料理を食べた感想をブログや本に書く。
料理の動画の撮影をして、動画サイトにアップする。
料理を勉強して、料理店を開くなど。
多くの人に食の楽しみを分かち合うといい。

 

自分が好きなことを他の人にも楽しんでもらうには、どうすればいいか 考えて行動すると、上手くいきやすい。

 

まず初めに、自分の家や庭やガレージなどで、小さな工房や工場などを持つのもいいです。
自分の好きなものを作り、ネットなどで販売するといいです。
そこから仕事を大きくしてくといいです。

 

以前にテレビ番組の『マネーの虎』を書きましたが、その社長たちも自分が大好きなことを仕事にして、その事業を大きく展開している人が多い。

 


 

月光之巻 52帖

『今の自分ぞ
中今の我(われ)に生きねばならん

我(われ)にどんな力があったとて
我(が)を出してはならんぞ
我(が)を出すと力無くなるぞ

我を、大き我に昇華させよ
大我に融け入らねばならん
大我に融け入ったとて
小我が無くなるのでは無いぞ』

 

秋の巻 第6帖

『他を愛するは真愛ぞ
己のみ愛するのは自己愛ぞ

自己愛を排してはならん
自己愛をひろげて大きくして
真愛と合致させねばならん
そこに新しき理(みち)ひらけるのであるぞ』

 

 

日月神示の身魂磨きとは何か

 

日月神示の身魂磨きとは何か

日月神示には、”身魂磨き”が大切であると、何度も出てくる。
”身魂磨き”についての文を抜粋する。

 

上つ巻 14帖

『心とは臣民の申す心ではないぞ
身魂とは臣民の申す身魂でないぞ

身魂とは身と魂と一つになっているもの言うぞ
神の神民身と魂の分け隔てないぞ
身は魂、魂は身ぞ

外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり
神は身魂の別ないぞ
この事分かったら神の仕組みがぼつぼつ分かるぞ

身魂の洗濯とは心の洗濯とは
魂ばかりの洗濯でないぞ』


まず身魂とは何かというと、身と魂が、1つになっていることである。
 身=魂
肉体の自分と魂の自分と和合すること。

 

富士の巻 第14帖

『臣民に分かるように言うなれば
身も心も神のものざから
毎日毎日神から頂いたものと
思えばよいのであるぞ

それでその身体をどんなにしたら
良いかということ分かるであろうが
夜になれば眠ったときは神にお返し
しているのざと思へ
それでよく分かるであろうが

身魂磨くと申すことは、神の入れ物として
神からお預かりしている神の最も尊い
とことしてお扱いすることぞ』


 

自分の身と魂は、神のものであり、お預かりしている
と認識し、大切にすること。

身を故意に傷つけることは、してはいけない。
カルマを作り、後で苦しむ。

 

磐戸の巻 第16帖

『身魂磨きと申すのは
神から授かっている御霊の命令に従うて
肉体心 捨ててしもうて
神の申す事は、背かんようにする事ぞ

学や智を力と頼むうちは、身魂は磨けんのざ
学越えた学、智越えた智は、神の学、
神の智ざと云ふこと判らんか』

 


人間の学問、科学などでは、身魂は磨けない。
神の申すことに、素直に行動することが大切。

 

黒鉄の巻 第18帖

『目覚めたら起き上がるのぞ
起き上がらずには居れまいが
神の命ずることは、丁度その様に人間に移るのぞ

霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは
間違ひ多いぞ』


神の申すことは、人が自然と行動するようになっている。
素直な気持ちで、日々行動することです。

 

黄金の巻 第67帖

身魂磨きとは、善いと感じたこと直ちに行うことぞ


以前にも書きましたが、世のため人のために働くことです。
仕事やボランティア活動など、さまざまな方法がある。

 

磐戸の巻 第16帖

身魂磨け出したら病神などドンドン逃げ出すぞ



身魂磨きをすると、病気をしなくなる。

逆に言うと、病気をしやすい人は、身魂磨きが、不足している。

私は、小さい頃は、喘息や風邪などの病気をよくして、苦しんだ経験があります。
これは、カルマなども関係していると思う。
しかし、日々、身魂磨きに励むと、カルマも解消され、病気も治ったと思う。

 

月光の巻 第36帖

『そなたの心配一応は無理ないなれど
何処で、どんなことをしていても
身魂磨けてさえおれば、心配なくなるぞ
心配は、磨けておらぬ証拠ぞ』



今はどんなに苦しい惨めな状況でも、身魂磨きで自然と人生が良くなっていいく。 

神の力は、人間には理解できないので、どのように良くなっていくか、予想もできない。
しかし、自然と困難を解決できるようになる。

以前に書いた 「わらしべ長者」 のような展開になる。

社長たちも、かつては、どん底を経験している 

 

 

日々、身魂磨きに励むと、少しずつ生活が楽になっていく。


日月神示に詳しい内記正時氏の動画

 

日月神示に詳しい内記正時氏の動画

内記正時氏は、研究家ですから、日月神示の理解がとも深い。

動画サイトにも、いくつかの動画がある。

 

しかし、発言内容の中には、私は少し異論がある。
難解な日月神示の解釈は、人によってそれぞれ異なりますから、これはよくあることです。
これに気をつけながら見ることです。

 

日月神示に書いてある。

海の巻 第15帖  『この神示、八通りに読めるのぢゃ

空の巻 第8帖  『神示は その時の心によりて違わん、磨けただけに とれて違わんのであるから、我の心通りに とれるのであるから、同じ神示が同じ神示でないのざぞ

 

日月神示は、身魂を磨くほど、深く読める。

この先も、このような動画を作って頂けると勉強になる。

 

 

 

原爆についての私の見解 (5)

 

原爆についての私の見解 (5)

どんな理由であれ、殺人や自殺は、間違い


原爆投下が、戦争終結を早めたという原爆投下の正当性は、間違い。

 

日月神示には 「大の虫を生かすため、小の虫を殺す事はやむを得ん事じゃと申したり、教えたりしているが、それもならんぞ」 とある。

 

どんな理由であれ、殺人や自殺は、間違い。
殺人や自殺は、大きなカルマを作り、後でとても苦しむ。
神が作った人間の生命の尊さやカルマの摂理を知ると、分かってくる。

全てを殺さず、生かす道を考えなければならない。

 


日月神示
月光之巻 第33帖

犠牲になることを尊い事じゃと申しているが
犠牲に倒れてはならん
己を生かす為に他を殺すのもいかん
己殺して他を生かすのもいかん

大の虫を生かすため
小の虫を殺す事はやむを得ん事じゃと申したり
教えたりしているが、それもならんぞ

総てを殺さずに皆が栄える道があるでないか
何故に神示を読まんのじゃ

 

天狗にならない。 謙虚になる。

 

天狗にならない。 謙虚になる。

以前に、テレビ番組の『マネーの虎』の社長のことを書きました。

社長たちも、かつては、どん底を経験している

社長たちも過去に、極貧などの苦しい経験があったが、努力で成功してきた。

 

成功する社長と失敗する社長の人格の差

しかし、現在でも大きな利益を上げている社長は、南原竜樹氏や貞廣一鑑氏など数名だけです。
さまざまな理由で、倒産した社長も多い。
成功し続けるのは、難しいです。

成功している社長は、とても冷静で感情的にならない。
人を咎めない人格者。
いつも謙虚で誠実に努力すると、成功につながる。

 

日月神示でも「何事も咎(とが)むでないぞ。 咎む心、天狗ぞ」
とある。

人を咎める (非難する。責める。) 行為は、天狗です。
人格が高く、謙虚な人は、人を咎めない。

 

失敗した社長たちは、出資希望者を非難する、怒鳴る、けなす、ケチつけるなどの行為をよくしている。
これは、ブラック企業にも多い。

これらの行為は、社長の人格が関係している。
そして、やがて会社が潰れる。

 

やはり、日々、身魂を磨いて、人格の向上が大切。
それが人の振る舞いを良くし、成功につながる。

 


日月神示
黒鉄の巻 第31帖

何事も咎(とが)むでないぞ
咎む心、天狗ぞ

神の前にへり下り
へり下っても尚過ぎると云うこと無いのじゃ
人間は、色とりどり
それぞれの考え方を自由に与えてあるのだから
無理に引っ張ったり、教えたりするでないぞ

今あるもの、今生きているものは
たとえ極悪だと見えても
それは許されているのであるから、あるのであるぞ
他を排すでないぞ

 

 

行動すると、やがて実現することが多い

 

 

行動すると、やがて実現することが多い

 

日月神示には、「祈り」についての言及が多い。
それだけ、祈りは、重要だということ。
この祈りとは、心で祈るだけではなく、実際に行動すること。

 

「祈りとは意が乗ることぞ。
霊の霊と霊と体と合流して一つの生命となることぞ。
実力であるぞ」

 

「祈りは弥栄であり、限りない生活であるぞ。
生命のイキであるぞ。
祈りから総てのもの生れるぞ」

 

誠の喜びの祈りからは  が生命し、
かげの祈りからは  が生命するぞ。
人祈れば神祈り、人為せば神なる道理ぢゃ

人の行動というのは、人体と霊と霊の霊が1つになり、1つの生命となること。
人の行動は、実は目に見えない霊と霊の霊が伴う。

霊界でも人は、祈り続ける。これが弥栄となる。

 

自分がしたいことがあれば、どんどん行動すると、暫くして実現することが多い。
行動する努力が大切。
もちろん、犯罪などの悪いことはしてはいけない。

 

欲しい洋服があれば、お店に洋服を見に行ったり、試着したりして、どんどん行動することです。

私は3年前に、デパートでマネキンが着ているイタリアのジャケットを見て、素敵だと感じて、一着欲しいと思いました。

 

しかし、ブランドのジャケットは、一着が30万円くらいするので、買うのはまだ先だと感じた。
しかし、1年ほど後に、正月のセールで3割引で買うことができた。
これは、1年前から買いたいと思い、行動した結果、運良く買うことができたのだと思います。
この行動がなければ、買うことはできなかったでしょう。

 

お金が欲しかったら、稼げる仕事をネットや雑誌などで、どんどん調べることです。
大抵の場合は、何かの仕事が見つかることが多い。

 

仕事で何かの研究をしているとき、研究を続けていると、何かの拍子に、新たな発想や発見をすることがある。
これは研究を続ける行動が、新たな発見を引き寄せる。

 

自分がしたいことがあれば、どんどん行動することです。
行動しないと実現しない。
この重要な法則を知っていると、とても生活しやすくなる。

 


日月神示
黄金の巻  第100帖

真剣で求めると真剣授かるぞ
求めるとは祈ること
よく祈る者はよく与えられる
日々の祈りは行であるぞ

百年祈り続けても祈りだけでは何もならん
それは祈り「地獄」じゃ
祈り地獄多いのう
肉体人は肉体の行せねばならん 


月光之巻 第44帖
 

そなたは祈りが足らんぞ
祈りと申すのは心で祈り願う事では無いぞ

実行せねばならん
地上人は物としての行動をしなければならんぞ
口と心と行と
三つ揃わねばと申してあること、忘れたか
 

黒鉄の巻  第32帖

祈りとは意が乗ることぞ。
霊の霊と霊と体と合流して一つの生命となることぞ。
実力であるぞ。

想念は魂。
魂は霊であり、霊の世界に属し、
霊に生きるのであるぞ。
ものは霊につけられたもの、
霊の霊は、霊につけられたものであるぞ。

 

黒鉄の巻 第34帖

祈りは弥栄であり、限りない生活であるぞ。
生命のイキであるぞ。
祈りから総てのもの生れるぞ。

誠の喜びの祈りからは  が生命し、
かげの祈りからは  が生命するぞ。

人祈れば神祈り、人為せば神なる道理ぢゃ。
禁慾は神の御旨でないぞ。慾を浄化して、
生めよ。産めよ。

今の人民、慾の聖化を忘れて御座るぞ。
慾は無限に拡がり、次々に新しきもの生み出すぞ。
慾を導けよ。

 

 

ブラック企業で働く理由は、悪い因が関係している

 

 ブラック企業で働く理由は、悪い因が関係している

 

悪は、同じ悪にしか働かない。善には働かない。
善が神の現れなら、悪も神の現れ。

悪には、悪の存在意義がある。
存在意義がなくなれば、悪もいなくなる。

 

日本でブラック企業が、大きな問題となっている。

日本にブラック企業が多く存在するということは、それだけブラック企業に勤めて苦しむ因がある人が、多く存在するということ。

 

ブラック企業に勤める人は、苦しくて、腹が立つと思いますが、基本的には、ブラック企業を憎んではいけない。

 

日々御魂を磨いて、人格が向上していくと、自分の仕事が良いものに変わってくる。
目に映るものも、良いものに変わってくる。

 

私は昔、バイトで回転寿司へ一度行きました。
男性の店長が、初めから高圧的を従業員にとり、少しミスしただけで、すごい形相で怒鳴り散らす。
店長が、何か気に食わないことなどがあれば、強制的にクビ。

 

私も何度か怒鳴り散らされて、一ヶ月ほどで、店長が 「間違って消してしまってな」 という意味不明な理由を言われて、クビになった。
「間違って消してしまった」というのは、クビの理由にならない。

こういうことは、回転寿司の従業員の方なら、知っていることです。

 

電話で家庭教師の宣伝をするバイトもしました。
そこも人相の悪い社員がいて、私に言いがかりをつけてきて、すぐにクビ。

これらの経験は、とても腹が立ったし、落ち込んだ。
私と同じような経験者は、日本中にたくさんいる。

 

しかし、このような嫌な経験をするのは、私にも悪い因があったからだと思う。
悪い因がなければ、嫌な経験はしない。

これ以降は、少しずつだが嫌な経験は、しなくなっていった。

 

日々、御魂を磨いて、自分の内分を高めていくことです。

 

日月神示

キの巻 第17帖

今の仕事五人分も十人分も精出せと申してあろうがな
急ぐでないぞ
その御用済んだら次の御用にかからすのだから
この世の悪も善も皆御用と申してあろうが
身魂相当の御用致しているのだぞ
仕事しながら神示肚に入れて行けば仕事段々変わるのだぞ

 

黄金の巻 第99帖

内にあるもの変えれば外から映るもの
響いて来るもの変わって来るぞ
内が外へ、外が内へ響くのじゃ

妻にまかせき切った夫
夫にまかせ切った妻の姿となれよ
信仰の真の道ひらけるぞ
一皮むけるぞ、岩戸ひらけるぞ
不二晴れるぞ

 

世の中には、死んだも同然の人が多い (1)

 

世の中には、死んだも同然の人が多い (1)

 

以前に、人の命を救って大きな徳を積むを書きました。

日月神示に「今の人民九分九厘は死んでいるぞ、救え、救え、救え
おかげは取り徳じゃ」とある。

 

人民の99%が死んでいるというのは、多すぎると思いますが、病気や貧困で死んだも同然の人は、日本だけでもとても多い。

 

私の親戚、友人、知人、近所の人などを見ても、肉体的、精神的な病気や障害や貧困などで苦しんでいる人は多い。
幸いにも、私は健康なので、とても有り難いことだと感じる。

 

家族の1人が重病になると、誰かが付きっきりで看病しなければならない。
肉体的にも経済的にも、大きな負担がかかる。

 

今の地球に住む人の多くは、病気や貧困など、さまざまな困難を乗り越えて魂を磨くように、あらかじめ人生がある程度決められている。
これは以前に書きました。

過去の記事 人生は、両極を経験する


ですから、世の中に病気や貧困などで、苦しむ人が多いのは、当然といえる。頑張ってそれを乗り越えるしかない。

 

病気は、その人のカルマが関係していることが多い。
病気になることで、カルマを解消している。
カルマを作ると、再び病気になることが多い。
神の完璧な摂理は、誰も変えることができない。

 

その人達を無償でどんどん助けることが大切。
そうすると大きな徳を積める。