腹八分のご飯で開運

腹八分のご飯で開運

現代の日本は、飽食の時代なので、多くの人は、食べ過ぎている。
食べ過ぎると、胃が苦しくなり、病気の大きな原因になる。
腹八分が胃に負担をかけず、快適に過ごせる。


日月神示では、人民に与えられているものは食物だけじゃ。日の恵み、月の恵み、地の恵みだけじゃぞ。

その食物節してこそ、捧げてこそ、運ひらけるのじゃ
病治るのじゃ」とある。

人に与えられているのは、食べ物だけであり、それ以外は、所有していても、人のものではない。
その食べ物を大切にして、神様に捧げることで、運が開ける。

私の場合は、神に捧げるといっても、食事の前に10秒ほど心の中で神に捧げるイメージを持ち、そして「頂きます」と言ってから食べる。

 

 

 

食べ過ぎたときは、次の食事を少なくするか、食べないようにするといい。それで体が快適になる。

満腹まで食べることが好きな人は、腹八分は難しいことですが、健康や開運のために努力するしかない。

昔の和食を基本にして、国産の野菜を多く食べ、肉類を控え、何度もよく噛むといい。
これは、昔の日本人が長年してきたことです。

 

日月神示

冬の巻 補帖

食物、食べ過ぎるから病になるのじゃ
不運となるのじゃ
口から出るもの、入るものに気つけよ
戦起こるのじゃ

人間の病や戦ばかりでない
国は国の、世界は世界の
山も川も海もみな病となり、不運となって来るぞ
食べないで死ぬことないぞ
食べるから死ぬのじゃぞ

一椀をとって先ず神に供えよ
親に捧げよ 子に捧げよ
腹八分の二分は捧げよ
食物こそは神から、親から与えられたものであるぞ
神に捧げずに貪(むさぼ)るからメグリ積むのじゃ
メグリが不運となり、病となるのじゃぞ

 

運ひらくのも食物慎めばよい
言慎めば良い
腹十分食べてはこぼれる
運は詰まってひらけん
この分かり切った事、何故に分からんのじゃ

捧げるからこそ頂けるのじゃ
頂けたら捧げると今の人民申しているが
それがウラハラと申すもの
衣類も家も土地も、みな神から頂いたので無いぞ
預けられているのであるぞ


人民に与えられているものは食物だけじゃ

日の恵み、月の恵み、地の恵みだけじゃぞ
その食物節してこそ、捧げてこそ、運ひらけるのじゃ 病治るのじゃ

人民日干しにはならん
心配無用
食物、今の半分で足りると申してあろうが


遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ

運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ
そんなこと位で、病治ったり運ひらける位なら
人民はこんなに苦しまんと申すが
それが理屈と申すもの
理屈悪と申してあるもの
低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ
理屈捨てよ
捨ててやって見なされ

みなみな気づかん理(みち)
気づかん病になっているぞ
ツキモノがたらふく食べていることに気づかんのか
食物節すればツキモノ改心するぞ

先ず百日をめあてに
百日過ぎたら一年を
三年続けたら開運間違いなし
病も無くなってうれしうれしとなるぞ
三年目、五年目、七年目
めでたいナァ、めでたいナァ

 

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